2016年01月19日

自由・独立を選ぶか? 権威に従うことを選ぶか?


多くの人は、
「自由に生きたい」という気持ちを持っていますよね。

しかし同時に、多くの人は、
(自覚していない場合が多いのですが、)
「自由から逃れたい」という気持ちも持っています。



自由に生きるということは、

権威に従ったり、
与えられた考え方や慣習に従ったりするのをやめて、

一から自分で考え、
悩み、葛藤しながら、
自分で道を切り開いていくということです。

そして、そのとき人は、
耐えがたいほどの孤独感と不安に直面します。



ですので、僕たちの多くは、
自由な生き方にあこがれるとともに、

自由な生き方に伴う責任や孤独、不安から逃れたい、
という気持ちも持っています。

つまり、僕たちは、
自由から逃れたいという気持ちも持っているわけです。



この心理についてわかりやすく説いている本が、
エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』です。

世界的に読まれている名著で、
日本でも昭和26年の初版以来、
たくさんの人に読まれ続けてロングセラーになっています。
(僕が持っている版で、117刷り版です!)



フロムは言います、

「人は制約を取り払って自由になろうとしたとき、
目の前の世界と対峙することになり、
耐えがたい孤独感に襲われる」



そしてここで2つの道がある、とフロムは言います。



1つは、積極的自由へと進む道。

この生き方には、大変勇気がいります。

自分で考え、自分で選択し、
そして自分の選択に対して責任を引き受ける、
その覚悟が必要です。



もう1つの道は、自由をあきらめる道。

自分の外側の、権威ある何か(組織、慣習、制度、
社会通念、国家、権力など)に寄りかかり、
その中に自分を没入させる道です。



多くの人が後者の道を選びますが、
これは無理もないことだと思います。



フロムは次のように語っています。

「多くの人は、外側の力や制度に寄りかかっていて、
本当にしたいことをしようとしない。
外側の力の、現実的な、あるいは確実と考えられる
秩序に服従しようとする」

「多くの人は自己自身を屈服させ、
自己の持つ力や誇りを投げ捨て、
個人としての統一性を失い、自由を打ち捨てる。
そのことで彼は、
『決断する』ということから解放される。
『自分の運命に責任を持つ』ということから、
『どのような決定をなすべきかという葛藤』から、
解放される」



さらにフロムはこれを、
マゾヒズム的傾向と言っています。

大きな力に自らを服従させ、
自分自身を小さく弱くしようとし、
無力感や劣等感を味わうように自らしむけている、

とフロムは言います。



自分で何かに寄りかかっておきながら、その中で、

「面白くないないな〜、つまんないな〜」 とか、
「今日も○○をしなければならない。自由がない」
といった愚痴を言い、

自ら無力感や劣等感を創り出し、味わっている、
というのです。



非常に手厳しい指摘ですね(^^;

もう少し続けましょう。



人は、
自由にともなう責任や孤独感、不安から逃れるために、
何かの権威に依存したくなるわけですが、

どんな権威に依存するかというと、

たとえば、
組織や慣習、制度だったりする場合もあれば、
人である場合もあります。

人である場合は、
“カリスマ的なリーダー”だったり、
“天才的な戦略家”だったり、
“超常的な能力を持つ人”だったり、
“カルト宗教の教祖”だったり……

何かの“すごい”権威を持っている人から、
「このように生きればよい」という
答えを与えてもらいたくなるケースもあります。

答えを与えてもらうことで、
根本的な葛藤から逃れることができ、
思考停止状態に安住できるわけです。



歴史を振り返ってみますと、

意外に思われるかもしれませんが……

あの独裁者ヒトラーは、
民主主義的な方法で、国民から圧倒的に支持されて、
権力を握りました。

国民がヒトラーを望んだのです。



当時、ドイツ国民は、
ワイマール憲法という民主的憲法のもとで、
選択の自由を保障されていました。

そして当時のドイツの世情はというと、
世界恐慌の波を受け、600万人近い失業者が出て、
人々は社会不安に襲われていました。

そんな不安定な状況で、多くのドイツ国民にとって、
一から自分で考え、自分で選択していく自由というのは、
大いなる葛藤と不安をもたらす自由でもありました。

そして、ドイツ国民は、
その自由から逃れる道を選んだのです。

つまり、ドイツ国民は、
「かくあるべし!」という明確な答えを与えてくれる
カリスマ、ヒトラーに頼ることを選び、
ナチスを指示したのです。

1931年の選挙で、ナチスは多くの国民の支持を集め、
国会の第一党に躍進したのでした。



自由から逃れたいという国民の気持ちが、
結果的に恐ろしい独裁者を選んでしまったわけですね。



ところで、余談ですが、
フロムはこんなことも言っています。

「マゾヒズム的傾向とサディズム的傾向は、
表裏一体である」

つまり、マゾヒズム的傾向のある人は、
サディズム的傾向をも持っている。
(性的な嗜好のことでありません^^;)



たとえば、
マゾヒズム的傾向のある人は、

権威ある何かに自ら寄りかかっておいて、
「管理されるって嫌だなー。もっと自由が欲しいなー」
とマゾ的な無力感を味わうのですが、

逆に、
自分が親とか教師とか組織のリーダーなどになると、
やたらと権威を振りかざして管理したがる。
つまり「ああしなさい、こうしなさい」と干渉する。
そんなサディズム的傾向が出てくる
というわけです(^^;



話が逸れかけていますので、戻しまして、
僕がお伝えしたかったことをまとめますね。



僕は、自由な生き方を選択している人を見るとき、
「素晴らしいなぁ」と感じるとともに、
その人の生き方を心から尊敬します。

自由な生き方を選ぶことができるって、
すごいことだと思うのです。



また僕自身も、若いころの自分と比べたら、
ずいぶん自由な生き方ができるようになったと
思っていて、
そのことに自分なりに満足感も感じています^^



ですが、僕は、

「常に自由な生き方を選ぶべきである」とか、
「どんなときも権威に従うべきではない」とか、

そういった一面的な考え方は
あまり現実的ではないと思っています。

そのような考え方に囚われてしまうと、
融通が利かなくなり、
人生が不自由になってしまうと思うのです。



自由な生き方を選ぶためには、
半端じゃない覚悟が必要であり、

また、その選択は、
ときに大きなリスクを伴います。

ですので、僕たちは、
自由な生き方を選択しようとするときに、
その選択に伴うリスクをしっかり見つめて、

「そのリスクは、今の自分にとって、
引き受けることができる範囲のリスクなのか」
ということをちゃんと見極め、

臨機応変な選択をすることが大切だと思うのです。



時と場合によっては、
権威に従うことが賢明な選択になるケースもあると思います。

もちろん、カルト宗教の教祖を盲信するような、
そんな形での権威への盲従は、
あまりにも危険と言わざるをえませんが、

自分の大切なもの(生活や家族など)を守るために、
ときに妥協して組織や制度などの社会的な権威に従うことが、
賢明な選択になる場合もあると思うんです。



あるときは、
勇気をもって自由な選択をする、

またあるときは、
自分の大切な何かを守るために、
あえて権威に従うこともする、

そんな融通自在な生き方をしていきたいものです。








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この記事へのコメント

1. Posted by タオ   2016年01月19日 22:26
こんにちは。

SMAPの独立問題も関係しての、
自由についての投稿かと勝手に思い込んで
拝読いたしました。

自由は厳しいものですね。


少し疑問に思った点がありました。

>もちろん、カルト宗教の教祖を盲信するような、
>そんな形での権威への盲従は、
>あまりにも危険と言わざるをえませんが、


今は世界宗教となっているキリスト教。
イエス存命中は、今でいえばカルト宗教扱いだったと
思います。

だからこそあれほど迫害され処刑までされて・・・。


でも、そのイエスの言葉を
盲信というと言葉が悪いですが
ひたすら信じて伝えた人たちがいたからこそ
今の世界宗教キリスト教があるのだと思います。


カルト宗教の定義にもよりけりだとは思いますが、
昨今ではカルト宗教という言葉が安易に使われて
信仰が貶められているように思います。
2. Posted by 心鈴泉 安見   2016年02月02日 01:39
5 面白い記事をありがとうございました。

周囲の人、そして、私自身をみたときに、
自分以外の何かせいにする、ということで、
難しい課題や、今すぐに解決できないことがらを
ごまかす、という防衛がちょくちょく心の中で
起こっている、と思っています。

自由から逃れたい、という気持ちと、
この防衛反応は何か近い、というか、
少し似ている感じがしました。

今の状況を変えていくことが求められているようなときに、
でてくる怖れのようなものが、
その根っこにあるように思います。

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