2005年11月11日

「この人達を助けるぞ!」


今日は、「エルトゥールル号の話」から紹介します。

この話は、「世界が100人の村だったら」と同様、何年か前にメールで
広まったので、ご存知の方も多いと思います。



今から115年前に、和歌山県の大島というところで起きた実話です。

前回の記事では、
ケネディ大統領が、日本人記者団以上に、上杉鷹山のことを知っていた
という話をしましたが、

今日の話は、日本人以上にトルコ人の人達がよく知っている話でもあり
ます。

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【エルトゥールル号の遭難】


和歌山県の南端に大島がある。
その東には灯台がある。

明治三年(1870年)にできた樫野崎灯台。
今も断崖の上に立っている。



びゅわーんびゅわーん、猛烈な風が灯台を打つ。
どどどーんどどどーん、波が激しく断崖を打つ。

台風が大島を襲った。
明治二十三年九月十六日の夜であった。



午後九時ごろ、どどかーんと、風と波をつんざいて、真っ暗な海のほう
から音がした。
灯台守(通信技手)ははっきりとその爆発音を聞いた。

「何か大変なことが起こらなければいいが」灯台守は胸騒ぎした。



しかし、風と、岩に打ちつける波の音以外は、もう、何も聞こえなかっ
た。

このとき、台風で進退の自由を失った木造軍艦が、灯台のほうに押し流
されてきた。
全長七十六メートルもある船。
しかし、まるで板切れのように、風と波の力でどんどん近づいた。

灯台のある断崖の下は「魔の船甲羅」と呼ばれていて、海面には岩が
にょきにょき出ている。



ぐうぐうわーん、ばりばり、ばりばりばり。
船は真っ二つに裂けた。
その瞬間、エンジンに海水が入り、大爆発が起きた。
この爆発音を灯台守が聞いたのだった。

乗組員全員が;海に放り出され、波にさらわれた。
またある者は自ら脱出した。真っ暗な荒れ狂う海。
どうすることもできない。波に運ばれるままだった。



そして、岩にたたきつけられた。一人の水兵が、海に放り出された。
大波にさらわれて、岩にぶつかった。

意識を失い、岩場に打ち上げられた。

「息子よ、起きなさい」

懐かしい母が耳元で囁いているようだった。

「お母さん」
という自分の声で意識がもどった。



真っ暗な中で、灯台の光が見えた。
「あそこに行けば、人がいるに違いない」
そう思うと、急に力が湧いてきた。

四十メートルほどの崖をよじ登り、
ようやく灯台にたどり着いたのだった。



灯台守はこの人を見て驚いた。
服がもぎ取られ、ほとんど裸同然であった。
顔から血が流れ、全身は傷だらけ、ところどころ真っ黒にはれあがって
いた。

灯台守は、この人が海で遭難したことはすぐわかった。

「この台風の中、岩にぶち当たって、よく助かったものだ」と感嘆した。
「あなたのお国はどこですか」

「・・・・・・」
言葉が通じなかった。



それで「万国信号音」を見せて、初めてこの人はトルコ人であること、
船はトルコ軍艦であることを知った。

また、振りで、多くの乗組員が海に投げ出されたことがわかった。



「この乗組員たちを救うには人手が要る」
傷ついた水兵に応急手当てをしながら、灯台守はそう考えた。

「樫野の人たちに知らせよう」

灯台からいちばん近い、樫野の村に向かって駆けだした。
電灯もない真っ暗な夜道。
人が一人やっと通れる道。



灯台守は樫野の人たちに急を告げた。

灯台にもどると、十人ほどのトルコ人がいた。
全員傷だらけであった。助けを求めて、
みんな崖をよじ登ってきたのだった。



この当時、樫野には五十軒ばかりの家があった。

船が遭難したとの知らせを聞いた男たちは、総出で岩場の海岸に下りた。



だんだん空が白んでくると、海面にはおびただしい船の破片と遺体が
見えた。
目をそむけたくなる光景であった。

村の男たちは泣いた。
遠い外国から来て、日本で死んでいく。
男たちは胸が張り裂けそうになった。



「一人でも多く救ってあげたい」
しかし、大多数は動かなかった。

一人の男が叫ぶ。
「息があるぞ!」
だが触ってみると、ほとんど体温を感じない。

村の男たちは、自分たちも裸になって、乗組員を抱き起こした。
自分の体温で彼らを温めはじめた。



「死ぬな!」
「元気を出せ!」
「生きるんだ!」

村の男たちは、我を忘れて温めていた。



次々に乗組員の意識がもどった。
船に乗っていた人は六百人余り。
そして、助かった人は六十九名。

この船の名はエルトゥールル号である。



助かった人々は、樫野の小さいお寺と小学校に収容された。

当時は、電気、水道、ガス、電話などはもちろんなかった。
井戸もなく、水は雨水を利用した。
サツマイモやみかんがとれた。
漁をしてとれた魚を、対岸の町、串本で売ってお米に換える貧しい生活だ。

ただ各家庭では、にわとりを飼っていて、非常食として備えていた。

このような村落に、六十九名もの外国人が収容されたのだ。
島の人たちは、生まれて初めて見る外国人を、どんなことをしても助け
てあげたかった。



だが、どんどん蓄えが無くなっていく。
ついに食料が尽きた。
台風で漁ができなかったからである。

「もう食べさせてあげるものがない」

「どうしよう!」

一人の婦人が言う。
「にわとりが残っている」

「でも、これを食べてしまったら・・・・・」

「お天とうさまが、守ってくださるよ」



女たちはそう語りながら、最後に残ったにわとりを料理して、トルコの人
に食べさせた。
こうして、トルコの人たちは、一命を取り留めたのであった。

また、大島の人たちは、遺体を引き上げて、丁重に葬った。



このエルトゥールル号の遭難の報は、和歌山県知事に伝えられ、そして
明治天皇に言上された。
明治天皇は、直ちに医者、看護婦の派遣をなされた。
さらに礼を尽くし、生存者全員を軍艦「比叡」「金剛」に乗せて、トルコ
に送還なされた。



このことは、日本じゅうに大きな衝撃を与えた。
日本全国から弔慰金が寄せられ、トルコの遭難者家族に届けられた。



次のような後日物語がある。

イラン・イラク戦争の最中、1985年3月17日の出来事である。

イラクのサダム・フセインが、
「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶすべて の飛行機を撃ち落とす」
と、無茶苦茶なことを世界に向けて発信した。



日本からは企業の人たちやその家族が、イランに住んでいた。
その日本人たちは、あわててテヘラン空港に向かった。

しかし、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。



世界各国は自国の救援機を出して、救出していた。
日本政府は素早い決定ができなかった。
空港にいた日本人はパニック状態になっていた。



そこに、二機の飛行機が到着した。
トルコ航空の飛行機であった。

日本人二百十五名全員を乗せて、成田に向けて飛び立った。
タイムリミットの1時間15分前であった。



なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、

日本政府もマスコミも知らなかった。



前・駐日トルコ大使、ネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。

「エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がなしてくださ
 った献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。
 私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。
 トルコでは、子どもたちさえ、エルトゥールル号のことを知っています。
 今の日本人が知らないだけです。
 それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛
 んだのです。」


(文・のぶひろ としもり)



以上、エルトゥールル号の話は、今から115年も前の出来事なんですね。
そして、20年前のイラン・イラク戦争の時は、トルコの人達によって、多く
の日本人が救われたわけです。



明治時代に、和歌山(大島)の人達が、トルコの人達を献身的に助けた。
そして時代は変わっても、その出来事を忘れなかったトルコの人達が、
こんどは日本人を助けてくれた。

和歌山の大島の人達も、トルコの人達も、素晴らしいですね。



トルコの人達が知っているエルトゥールル号の話は、日本の教科書には
のっていないそうです。
このような素晴らしい話は、ぜひ日本の子どもたちにも知ってほしいもの
です。




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この記事へのコメント

1. Posted by じゅんこアーティスト   2005年11月11日 21:54
クリスマスの頃、難破した船を日本近海にいた大型タンカー(日本人船員乗船)が救助した話を知っています。助け出され冷たくなった体を、船員がかわるがわる体で暖めたそうです。

今日のブログは、かなり規模の大きな、単にすごいと一言でいいあらわせない鳥肌がたってしまう話でした。受けた恩を時を越えてかえす人間のすごさを知りました。

2. Posted by ニタ@教えて会計   2005年11月11日 22:28
野口さん、こんにちは!

日本人もトルコ人も、とっても素晴らしいです。
いい関係の源ですね。

でも、いまうまくなっていない国とも、
もっと助け合いたいですね!
3. Posted by 黒ガチャ   2005年11月11日 22:55
初めてコメントさせていただきます。
先日からこのブログ読ませていただいていて、たいへん勉強になります。

僕も含めて日本人はこーいう歴史のことを知らなさすぎますね。
このときトルコ人を救出した大島の人たちの素直な気持ちを持てるようになることが、今の世の中では重要である。と、そう思います。

4. Posted by けろもも   2005年11月11日 23:58
初めてコメントいたします。今日も感動で泣いてしまいました。ある日このブログで「水からの伝言」を紹介してあったのをみて(以前から知ってはいたのですが)、ふとこの本を読もうと思い さっそく手に入れました。「水からの伝言」は私の人生を変える本でした。いいえこのブログが私の人生を変えていってるようです。素晴らしい私の教科書です。ありがとうございます。
5. Posted by テツヤ   2005年11月12日 01:03
そんな歴史があったなんて。。。
今の日本人(僕達)は、どれだけその当時の日本心を残しているのでしょうか。

人のために尽くす。しかも無償で。
今の私にできるでしょうか、、、
6. Posted by りっちー   2005年11月12日 01:06
初めてのコメントです。いつもハートに響くブログでとても感謝していす。

二年ほど前に私の父母がトルコに行ったとき、やはりトルコ人がとても日本人に友好的だと喜んでいました。

ツアーのバスから降りるとき、水溜りがあって日本人が困っていると、若いトルコの青年がさっと来て自分のはいていたぞうりを脱ぎ、水溜りに置いて、そこに足を置くように誘導してくれて手を差しのべてくれた。
と、感動して話していました。

なかなかできないですよね、こんな行動。そして、やはり、エルトゥールル号の話をしてくれたそうです。こういう話を伝えていって、感謝の気持ちを持ち、行動できるようになりたいですね。
7. Posted by funky   2005年11月12日 02:11

 エエ話じゃないですか。

 これが地球人ですね。大島やトルコ航空の人たちにしてみれば困ってるのは遠い地の人ではなく、お隣の人だったのでしょう。


 今日のブログで今まで自分が抱いていた宗教や民族、人種や国というカテゴリーが変わりました。

 ありがとうございます。
8. Posted by 真の成功☆熱き心の伝道師 関達也   2005年11月12日 02:37
野口さん、こんばんは!

熱き心の伝道師 関達也です。

この話は僕も聞きました。

また、聞けて幸せな気分になりました。

教科書にぜひ載せて欲しいですね!

応援クリック、ポチっと!
9. Posted by まさこ   2005年11月12日 02:43
5 はじめまして★

このブログを見つけてから約二週間…最初から読みました!やっと追い付いた♪

トルコのお話、初めて知りました。とても大事な事を教わった気がします。今、何とも言えない感情が…。。。
もっと日本の事を知りたいッて思いました!

このブログを見つけた私はしあわせもん(*⌒▽⌒*)
10. Posted by kiwi   2005年11月12日 02:54
こんにちわ。

いつも楽しくブログを読ませて頂いています。
何度も元気をもらえる素晴らしいブログだなーといつも思ってます(^_^)

今回の記事を読んでいて、文字通り、鳥肌が立ちました。
こういう歴史をもっと多くの人が知るべきだって思います。

私もこんな風に人のことを想い、行動できる人であろうと思いました。
11. Posted by フェルメール   2005年11月12日 08:13
今日の話はすごく泣ける話でした。
困ったときはお互いさま。
情けは人のためにあらず。

そういう日本人のこころが生きているお話だと思います。
困っている人を助ける、
というのは
人間関係の中ですごく美しいものの一つではないでしょうか?
12. Posted by しも   2005年11月12日 09:09
大島にはたまに行きますが、
そのようなお話があったのですね。

どこかで聞いたことがあったような…

でも、忘れていました。

串本や大島はとてもいい雰囲気で、
ココロがホッとします。

次に行ったときには、
いろいろな歴史があったことを、
肌で感じてみたいと思います。

ありがとうございます。
13. Posted by 日刊!大塚慎吾の『人生のサプリ♪』   2005年11月12日 10:09
野口さん、いつもありがとうございます♪
素晴らしい話しに感動しました^▽^
忘れていいことと、忘れてはいけないことがありますね☆
またよろしくお願いします♪
ありがとうございます(^^)
14. Posted by 手嶋   2005年11月12日 12:33
はじめてコメントさせていただきます。

エルトゥールル号の話、初めて知りましたが、ガブガブきました!

このblog、ほんと面白いですね。

10/25にご紹介されていた、本3冊。
・「7つの習慣」
・「はじめの一歩を踏み出そう」
・「ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則」

2番目の「はじめの一歩を踏み出そう」を読んでいなかったので、さっそくアマゾンで注文してみました。
15. Posted by たぁ坊。   2005年11月12日 12:43
「いちゃりば、ちょーでー」沖縄にいた頃の言葉を思い出しました。
沖縄が癒しの島として県外から移り住む人々が多いのは温暖な気候よりも
人間らしさ、にひかれて来るんだろうなぁと思いました。
今日もいいお話ありがとうございます。
16. Posted by shigeo   2005年11月12日 16:56
大島の向かいにある本州最南端の潮岬の灯台守の子として生まれた僕は、この話を誇りに思います。最近、win-winなどと言う言葉が飛び交いますが、相手の人生を共有するというのは、人間一人では生きていけない、愛がなければ生きていけない、という事を身に染みて理解して初めてわかることかなと最近感じます。
17. Posted by 沢村政人   2005年11月12日 21:14
野口さん、こんばんは。

こんな話があったとは全然しりませんでした。
確か、2002年W杯でトルコと闘ったときにも、この話をしたマスコミはなかってように思います。

どうして、このような話を日本の教育は取り入れないんでしょうか?
不思議です。

18. Posted by ブルボン「   2005年11月13日 00:26
野口さんありがとうございます。

昨日、今日と続き、日本の古き良き教育を紹介していただき、
若輩者ながら感激しております。


今の日本に必要なのは、とにかく教育の抜本的改正と思ってます。


通常の私には似つかわしくないですが、本当にそう思っております。

人と人との繋ぎ会いが本当に大事なのだと言う教育を進めたいです。
19. Posted by ヨーコ(潜在意識を使って☆HAPPY-LIFE!)   2005年11月13日 04:37
こんばんは☆
エルトゥールル号の話、聞いたことありませんでした。
すごく感動しました!(泣)
どうしてこんないい話を知らないんでしょう!?
ホント、こんな心ある素晴らしいお話こそ、教科書にのせてほしいですね!
教えてくださってありがとうございます。
20. Posted by 美雪   2005年11月13日 11:55
こんにちは。
本当にいいお話ですね、感動して涙が出ました。。。
知らなかったです!
もっとたくさんの人に知って欲しい☆

過去の数人の心からのサポートが、しかも長い年月を経て
こんなカタチで帰ってくるんですね・・・・

個人レベルでも同じようなことがたくさん起こってるんだと思います。

靖国神社参拝問題も同様考えてしまいますね―。



21. Posted by しら   2005年11月13日 12:46
野口さん、こんにちは。

今日の話、思わず涙が出てしまいました。

素晴らしいです!

人に何かをしてあげるとき、つい「でも何の特にもならないよな。」なんてセコいことを考えてしまいがちですが、そうじゃないんですよね。
人に何かを与えることによって、自分の心を満たすことができる。
だから、「機会を与えてくれてありがとう。」と思うべきです。
そして、さらに巡り巡って、恩返しをしてもらったら、また新たに感謝する。
そんな生き方ができれば最高です。

なんだか、取り乱して訳の分からないコメントですみません。
いつも楽しみに読ませていただいています。
22. Posted by ネット起業アドバイザー 小助川   2005年11月13日 13:44
初めて書き込みさせていただきます。


コーチングには、以前から興味を持っています。
私も人の可能性を探っていくと言う仕事ですので、いつか学びたいと思っています。


エルトゥールル号の遭難の話どこかで聞いたことがあります。


これからも、ブログ楽しみにしています。
23. Posted by Hikari   2005年11月13日 14:37
ただいま、野口さん。
エルトゥールル号のお話、みさなんご存じないんですね。
同じような話が、千葉県の御宿(おんじゅく)にもあります。
御宿で遭難したのはメキシコの船、1609年の出来事ですね。
当時の和歌山の方々だけが特別に暖かい心の持ち主だったわけではなく、
日本人はみな、そういう心で暮らしていたのではなかったのでしょうか。
そして、世界には、同じ温かさの心を持った方がいまだにいらっしゃる。

私たちは、こんなふうに心温かだったご先祖様の遺産で
豊かに暮らさせていただいているのだと思います。

なのに、そのことを忘れきってしまっているのは本当に残念ですね。

*新しく、読むと幸せになれちゃうブログをご紹介するブログを立ち上げてみました。記念すべき第1号のご紹介を野口さんにさせていただきました。
今日の名前のリンクをそちらのブログにしましたので、よろしかったらごらんください!
24. Posted by bigpapa   2005年11月13日 17:46
今日もありがとうございます!
この話は以前に聞いたことがあり感動した覚えがありますが、
あらためて読ませて頂き涙があふれてきました。
ふと、故・笹川良一さんの
「世界は一家、人類は皆兄弟」という言葉を思い出しました。
このブログに出会えた私は本当にツイている!
25. Posted by 野口嘉則   2005年11月13日 21:20
じゅんこア−ティストさん
コメントありがとうございます。
「受けた恩を時を越えてかえす人間のすごさ」・・・ほんと、鳥肌が立ちますね。

ニタさん
コメント嬉しいです。
「いまうまくなっていない国とも、もっと助け合いたい」・・・まったく同感です。

黒ガチャさん
はじめまして、コメントありがとうございます。
今後も遊びに来てくださいね。

けろももさん
コメント感動しました。
私のブログがお役に立っているようで、すごく嬉しいです!
26. Posted by 野口嘉則   2005年11月13日 21:24
テツヤさん
コメントありがとうございます。
「人のために尽くす。しかも無償で。」・・・すごいことですよね。

りっちーさん
はじめまして、コメント嬉しいです。
ご両親のお話、とても興味深いです。(もっと聞いてみたいです・・・)

funkyさん
ええ話ですよね(^_^)
“地球人”という視点で人を見ることができるようになったら最高ですね。

関達也さん
こんばんは。
幸せな気持ちになる話ですよね。
27. Posted by 野口嘉則   2005年11月13日 21:29
まさこさん
はじめまして、2週間で最初から全部読んでもらったんですか?(感動しました!)
今後も、気軽にコメントして下さいね。

kiwiさん
いつもブログ読んでいただいてて嬉しいです。
こういう歴史がもっと広まるといいですよね。

フェルメールさん
コメントありがとうございます。
「困っている人を助けるというのは、人間関係の中で美しいものの一つ」・・・まったく同感です。

しもさん
大島に、たまに行かれるのですね。
この話を思い出しながら行かれるといいかもしれませんね。
28. Posted by 野口嘉則   2005年11月13日 21:34
大塚さん
コメントありがとうございます。
「忘れていいことと、忘れてはいけないことがある」・・・ほんと、そうですね!

手嶋さん
はじめまして、コメント嬉しいです。
今後もガブガブお願いします(^_^)

たぁ坊さん
沖縄には一度行ったことがありますが、たしかに“人間らしさ”を感じるところでした。
それに料理が美味しい!(^_^)

shigeoさん
「大島の向かいにある本州最南端の潮岬の灯台守の子として生まれた僕」・・・そうなんですか!
「人間は一人では生きていけない」・・・これは真理ですね。
29. Posted by 野口嘉則   2005年11月13日 21:37
沢村さん
コメントありがとうございます。
こんな話を教育に取り入れてほしいですよね。

ブルボンさん
コメント嬉しいです。
「人と人との繋ぎ会いが本当に大事なのだと言う教育」・・・大賛同します!

ヨーコさん
こんばんは。
感動していただけて嬉しいです(^_^)

美雪さん
コメントありがとうございます。
もっとたくさんの人に知ってほしい話ですよね。
30. Posted by 野口嘉則   2005年11月13日 21:42
しらさん
いつも読んでいただいてて嬉しいです。
「人に何かを与えることによって、自分の心を満たすことができる。」・・・そうなんですよね。自分がうれしくなるんですよね。

小助川さん
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

Hikariさん
千葉県の御宿にも同じような話があるんですね。
それから、新しく作られたブログで私のブログを選んでいただき感激です!

bigpapaさん
コメントありがとうございます。
この話、何回聞いても感動しますよね。
31. Posted by 『ミナミを往く』日比野大輔   2005年11月13日 23:34
ありがとうございます。本当にいいお話ですね。作家の谷崎潤一郎は、関東大震災で神戸に移住したらしく、彼と同様に多くの関東の方が関西に移住されたとか。そんな話が、私が大学生のころに起こった阪神大震災の際に、産経新聞で紹介されていました。そのときに、全国から集まった救いの手のことを思い出しました。
いつも読ませていただいています。ありがとうございます
32. Posted by yaya   2005年11月14日 08:02
こんにちは。

いつもブログを拝見し、学ばせていただいています。
ありがとうございます。

今回の話も、私は全く知りませんでした。
見返りを求めることなく手を差し伸べられる。
そんな人に私もなりたい。
33. Posted by みしゃりん   2005年11月14日 10:57
この話、もっと子どものころに知りたかったです。
でも、
今知ったということが、私にとって意味があるようにしたい。
34. Posted by marich   2005年11月14日 12:22
辻田です。この話は何べん読んでも涙ぐみます。私にも感動する心が残っていてうれしく思います。ご紹介ありがとうございます。この話は、串本町の働きかけで来春より26都府県で採用される大阪書籍の中学の歴史教科書初め多くの小中の教科書で掲載されるようです。
いい話は、少しづつ広まるのですね。

ワールドカップ決勝リーグで日本を破った時にも少し広がりましたが、喜ばしいことです。イスラム国トルコのEC加盟を応援したく思います。
いつも良き話をありがとうございます。
35. Posted by タケシ   2005年11月26日 02:42
野口さん、はじめまして。
いつも楽しみに拝見させて頂いています。

以前、飲み屋で出会ったトルコ人に
「お互いに助け合った2つの関係があるからトルコの人好きだよ。
これからも良い関係でいたいですね♪」
って伝えたらエライ喜ばれた事あります。

歴史の授業は日本人として誇りが持てて、
よその国にも敬意が払えるような教えをして欲しいですね。

36. Posted by 睦月   2006年07月10日 05:52
トルコの人たちは日本人に対して非常に好意的だというのは知っていましたが、
こういうことがあったのですね。
私も全く知りませんでした。
読んでいて、とても温かい気持ちになりました。
本当に素晴らしいお話を、教えてくださり、ありがとうございます。
私も出会う人、出会う人、大切に、愛を持って接していきたいです。
37. Posted by aoiumiaruku-v.v   2007年04月22日 02:23
「トルコ人は日本人にとても親切にしてくれる。
 日本人に恩義を感じているからだ。」

高校のとき、世界史の授業で聞きました。
でも、この和歌山での美しい話は知りませんでした。
イランイラク戦争で、報いてくれた話も知りませんでした。
私はきっと、イランイラク戦争の年号でも暗記していたのでしょう。

大切なものをちゃんと大切にする・・・
これから、価値観を育んでいきます。

「お天とうさまが、助けてくださるよ。」

大切なものを、からだが知っていたのでしょうね。
38. Posted by taku   2007年05月08日 23:33
「おめでとう」っていえてよかった。
「おめでとう」を受け取ってくれてよかった。ありがとう。

そんなことがあったのも「ありがとう」を続けていたからだと思う。
毎日「ありがとう、○○○」と彼女に対して何回もありがとうと空にむかって言い続けました。
そしたら今まで自分の中にあった彼女とのつらく悲しい思い出や彼女を傷つけてしまったことによる自責の念は消えて、「そういえば彼女は僕にこんなことをしれくれた。こんなに愛してくれた。こんなにも想っていてくれた。」と次から次へと彼女への感謝の想いがあふれてきました。僕はその想いに涙しました。

そしてそんな彼女のことだからこそ僕は自分のことのように喜べたのだと思います。そんな大好きで素敵な彼女のことだから。
彼女の喜びなのに僕は自分のことのように、それ以上に幸せでした。

「ありがとう」にありがとう。
野口さんにありがとう。
39. Posted by ちびンこ☆   2007年12月07日 12:01
5 今資料お届け中のモノレールの中です。
わたしもこのお話は初めて知り、涙が溢れました…†
エルトゥールル号のこと、和歌山の大島の人達の貧しくても温かい優しい心、それが100年近くたっても忘れられずに献身的に助けてくれたトルコの人達の心…

世界は美しいですね…†
40. Posted by みぱ   2008年06月01日 11:25
エルトゥールル号の話は、以前から知っていました。
が、こうやって物語風に読むと感じ方も違いますね。

本当にいい話なので、知りえた人が知らない人に
伝えていってよりよい情報を共有していきたいです。

なんといっても見返りを考えない大島の方々の
献身的な態度があったからこそ、
トルコの方々も、イランイラク戦争時に
危険をかえりみない救助に来てくれたのだと思います。

日本人はこの素晴らしい心を取り戻さないといけないと
痛感しました。
まずは自分から!ですよね
41. Posted by aoiumiaruku-v.v   2008年07月15日 00:27
5
日本もトルコも素晴らしい心の文化をもっていたのですね。
こんな嬉しい話を知ることが出来てよかったです。
これからは、失われた内面の文化を、また育てていく時代だと思います。
私たちのDNAはまだ記憶しているでしょう。
モアandモア教を脱会し、知育から徳育へ価値観を変え、
本当に豊かな日本を取り戻したいですね。
42. Posted by yosi   2010年05月06日 16:43
5 この話は初めて聞きました。
読んでいて、何度も胸が熱くなり涙が出ました
特に、約110年後にトルコの人達が忘れずに行動していただいたことです

今の教育状況は少し残念です(この様な歴史を教えない)が
嘆いても仕方がありません。自分が出来る範囲で忘れない
ようにすることと、少しでも伝えていきたいと思っています。

また、他で知った言葉ですが
「自分が人に対して行ったことは、必ず自分が同じように
人から受ける」です。

自分でなくても子孫や国でも同じですよね!
43. Posted by マーガレット   2011年02月20日 18:04
野口さん、こんにちは。
目の前に困っている人がいれば、助けてあげたい、
その想いは、日本人も世界中の国の人たちも同じですね。
野口さんのブログで初めて知ったお話ですが、
先日もこのお話に出会いました。
人から人へ語り伝えてゆく大切さを感じます。
大きなことはできませんが、私にできることで、
日々、小さな行動を積み重ねてゆきたいです。
野口さんのおかげで、そんなふうに思えるようになりました。
いつもありがとうございます☆
44. Posted by リリィ♪   2011年10月12日 20:43
素晴らしい出来事ですね。
先人達に心から感謝します。
ありがとうございます。

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