2005年01月18日

なぜ相手の話を聞けないのか?(2)・・・コーチング的聴き方

昨日は、登場人物3人からなる単純な物語を読んでいただき、「この中で
誰が一番悪いか?」というのを考えていただきました。

そして、その答えが人によって違うということから、「人は皆、違う」
いうお話をしました。
人それぞれ、考え方や価値観や判断基準が違うわけです。

さて、このことと、「話を聞けない」ということは、どんな関係があるの
でしょうか?

まず、あなたが相手の話を聞けない時はどんな時か?を考えてみて下さい。
相手の話をさえぎりたくなる時は、どんな時でしょうか?

人は、相手のことを「間違っている」「正しくない」と思っている時にも
相手の話を聞けなくなります。

私達は、自分の判断基準というフィルターを通して、相手の話を聞きます。

そして、自分の判断基準で「間違っている」と判断した話に対しては、
「理解しよう」というスタンスが失われ、「どのようにして間違いを正そ
うか」というスタンスになってしまいがちです。

そうなると、相手の話の真意を理解することは、極めて難しくなります。
話を聞けなくなるからです。

「人は皆、違う」のです。
つまり、正しさも人の数だけあるのです。

なのに、「自分の方が正しい、相手の方が間違っている」と思ってしまう
と、相手の話が聞けなくなるばかりか、戦いが始まります。

「どっちが正しいか?」という戦いです。
国どうしの戦争も、「正しさ」と「正しさ」の戦いです。

伊藤守さんの著書「こころの対話」に、「正しいことを言うのは、おやめ
なさい。」と書いてあります。
また、「私達が人の話を聞けないのは、自分の正しさを証明するのに精い
っぱいだからです。」とも書いてあります。

そうなのです、自分がつかんでいる正しさが、「聴く」ことを邪魔するこ
とがあるのです。

相手の話を聞く時に、「正しいか、正しくないか?」という二元論的な判
断をせずに聞くことで、相手の真意を理解することが容易になります。
「人は皆違う」という前提で、その違いの部分を裁くのではなく、「違い
を理解し受け入れるために聴く」
という視点で聴くのです。

その時、なんらかの判断基準を持ちたいならば、斉藤一人さんのおっしゃ
る「どっちが楽しいか?」という基準で聴いてみてください。
(「変な人の書いたツイてる話」参照)

自分とはまったく違った価値観を主張する相手に対して、議論して打ち破
るのか、それとも、違いを認めた上で理解するのか、あなたはどっちが楽
しいと思いますか?

正しく生きるか、楽しく生きるか、そのどちらかを選んで下さい。
(両方を同時に選択することは不可能だそうです)



斉藤一人さんの本の中から1冊選びました。
斉藤一人さんの講演CDが付いています。

変な人の書いたツイてる話


上記、伊藤守さんの本「こころの対話」

こころの対話

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1. <strong>叱るより、ささやけ</strong> 〓一流を育てるために必要なこと〓  [ スポーツ侍の「本を読む!」徹底して読む! ]   2005年02月14日 13:18
Title: 叱るより、ささやけ 〓一流を育てるために必要なこと〓 Who:

この記事へのコメント

1. Posted by マツイ   2005年01月19日 08:40
「どちらが楽しいか?」

私もこの言葉がとても好きです
特に自分の思考が「〜すべきか?」「〜ねばならないか?」に縛られそうなときに自問すると脳が開放されたようにリラックスしアイディアが広がります。

ご紹介の本2冊は私も楽しく読みました。
その他、衛藤信之氏の「上司の心理学」にも同様の内容が入っていますよ

明日は衛藤先生の講座を受けます。今からとても楽しみです・・・♪
2. Posted by 野口嘉則   2005年01月19日 23:13
マツイさん
衛藤先生の講座に出られるんですね。
また、どんなだったか教えて下さい。
3. Posted by miwa   2005年12月29日 16:11
私もついつい正しいかどうかで判断していると思いました。
反省(泣)
どちらが楽しいか?メモっておきます。
4. Posted by yurari   2006年07月24日 20:52
聞き方上手になることが話し方では大事だということはわかっていたのですが、今回の”自分がつかんでいる正しさが、「聴く」ことを邪魔することがあるのです”の文章。う〜ん。なるほどぉ。盲点を突かれて唸るばかりです。参りました(笑)人はいつから楽しさを忘れてしまうのでしょう。学んで思い出すためでしょうか。。
5. Posted by 無限不動山   2006年09月11日 11:10
野口さん、こんにちは。

「人は皆違う」と言うことが分かるまで、私は、とても長い年月を過ごしたと思います。

言葉で聴いても、どうしても、自分の正しさに固執していました。

そのうち、世間で言われている「楽しさ」や「正しさ」から離れて、
本当に自分が納得いく「楽しさ」を追求し、自分自身がオリジナルを持ち始めてから、他人の違いも認めることが、以前より多少は出来るようになったと思います。

今日もありがとうございます。
6. Posted by み〜ぶ〜   2007年02月22日 16:27
野口さん、こんにちは。
今日もありがとうございます。
「人は、皆違う」と「話を聞けない」と関係があったのですね。
自分に精一杯の時は、自分の、正しいと思う気持ちが勝ってしまいます。
知らない間に戦いが起きているのですね。
「どっちが楽しい?」を基準に、子どもと会話していこうと思います。
 むずかしそう〜〜
7. Posted by みぱ   2007年03月21日 09:44
「人は、皆違う」から意見が合わなくて当然。というスタンスがあれば、
なぜ、自分のことをわかってくれないのか。と悩む必要はなくなりますね。

もっとはやく気づいて今まですれ違った人達に投げかけていれば、
もっとその人達とも理解しあえたんでしょうね。

自分の足りなさに反省させられます。
今の自分に出来ることはこれから接していく人達に
これを実践していくことですよね。
8. Posted by aoiumiaruku-v.v   2007年05月03日 21:08
今日の記事は、もう本当に解りやすいです。

まさに、
【 私たちが人の話を聞けないのは、】
【 自分の正しさを証明するのに精一杯だから。】

はい。
はじめは「理解しよう」と思ってたのに、
いつの間にかお互いの主張をし合ってたりします。

今日は、自分が主張する【 正しさ 】って
一体なんなんだろう?って思いました。
9. Posted by 願いを実現☆   2007年07月30日 21:42
勘違いして、斉藤一人さんの
「変な人の書いた着いてる話」のpart兇鯒磴辰討靴泙辰燭鵑任垢、そのなかに「そうだよね。わかるよ」を口癖にするといいと書いてありました。
そして普段から言ってないととっさに出来ないそうです。
まさに今日の私がそれ。わかっていながら今日父に対し、私の価値観をぶつけました。。。
自分はこう思う と思っているから全く父の話を聞く姿勢がありませんでした。
言った後、あー「そうだよね、わかるよ」だったと反省

そしてこの記事・・・
シンクロですね
なかなか実行は難しいですが、意識して取り組んで行こうと思います。
「楽しく生きる」を選択すること実行できるように。

10. Posted by あきたん   2007年08月11日 22:46
ああ・・・前回の記事で自分が思った通りのことが書いてありました。
素直に振り返って考えたら、すんなり理解はできるのですが。
話を聴きながら「そうじゃないんじゃない?」と言いたくなる、
まずは自分がそうなっていることをその場で気がつけないといけませんね。
それは、口で言うほど簡単ではないと思いますが、意識して取り組んでみようと思います。
「楽しく生きる」ために。
どんなに正しくても、それが「=幸せ」にはならないと思うから。
11. Posted by aoiumiaruku-v.v   2007年12月26日 15:03
私はこんな風に思いました。
【精神的苦痛を克服していない】から
【○×二元論で判断する】という単純な選択を安易に選ぶ
したがって【「これは違う」と決定を下すのが早い】
=話を聴けない

「違いを認め、受け入れるために聴く」という姿勢は、
人としての容量を大きくして、
いろいろな成長の要素に効果がありそうです。
自分の意見はいったん手放して、
よく聴いてみようと思います。
きっと違った世界が見えてくると思います。
12. Posted by マーガレット   2008年02月05日 08:12
野口さん、おはようございます。
今度、新年会に誘ってください♪
なんて夢の中でもいいから言ってみたいです(^_^)
「上手にやるより、魂を込める」素敵なお話をありがとうございます☆

私は、人目を気にしたり自信がないので、何が正しいのかさえ、わからなくなることも...
自分の意見を伝えることができる人をとてもうらやましく思います。
まずは「正しいこと」「楽しいこと」それぞれをちゃんと考えて自分の気持ちで選択して
私の心が、ふわっときれいなハート形になれるように
『前向きな姿勢で、正直に、誠実に』そして『魂を込めて』を心がけていきたいです。
「人は皆、違う」 とても深いお話です。
野口さんのまごころを感じて、泣きそうです。
いつもありがとうございます☆

〜KOKIAさんの『ありがとう』 素敵な曲ですね。
CD『aigakikoeru』ぜひ、聴いてみます(ハート)〜
13. Posted by yui   2008年02月09日 20:15
素敵なサイトですね。
とても有難いお話で勉強になります。
私自身、人にお会いする時は必ず喜びや快感を感じてもらえるように心がけて実践した経験からしますと、いろんな意味で自分自身に時間や、ゆとり(経済的なことも含む)がないと続けていく事が難しい事だと思いました。(利害関係は除く)
わたし自身、すべてを与えるまで人間が出来てないので消極的思考ですが負担にならない程度に自分が喜びを感じられるように無理せず取り組んでいきたいと思いますが・・いかがでしょう
わたしにとって永遠のテーマです。
14. Posted by ニコニコ未来   2008年03月04日 09:20
そうですね。
自分の正しさを主張し、相手に理解してもらおうという気持ちでいっぱいになりますね。
自分の主張と通そうとするあまり、相手が間違っていると否定している時もあります。
議論して打ち破ったとしても、相手は本当に自分の意見を受け入れようという心境になるか微妙ですし、自分自身も無理やり説得したようで後味がよくないですよね。
「違いを理解し受け入れるために聴く」この姿勢を忘れずにいたいです。

自分の考えを一度手放して、人の話を聴く。
それができる人は、相手の気持ちが分かるようになるし、相手からも信頼されるんだと思います。
人の話を聴ける人になろう
今日もありがとうございます。
15. Posted by プー   2008年03月26日 18:43
 とっても耳が痛い話です。
そうなんです。途中で違う!と感じたら自分の正しさを主張するため意識が跳んでいました。自分の感想を相手が聞きたいと思っていないのに、聴く姿勢から聴いてもらう姿勢になっていました。

違いを知りたいよって聴くことは存在承認してるよってことですもんね。聴く姿勢について非常に勉強になりました。最近また、『上司の心理学』を読み進めているので、私の中ではリンクしました!ありがとうございます!
16. Posted by 美笑の天才   2008年04月24日 06:06
5 人生は一度きりです。「楽しく生きていきたい」と思いました。
17. Posted by 浩   2010年08月19日 11:02
すごく勉強になりました
18. Posted by 成長ゲームマスター   2011年01月18日 19:46
5 質問の「正しく生きるか」と「楽しく生きるか」ですが、
当然、「楽しく生きる」を選びたいです。

ただ、自分が選択できるのならぜひそうしたいのですが、
相手が、「正しく生きた」場合を想定して考えてみました。

「それは違う、お前はおかしい、これが正しいだろ!お前は馬鹿か?」
って、言われたとします(僕の職場では体育会系なので、日常的にあります^^)。

そんなとき、自分はどう選択すれば「楽しく生きられるだろうか?」

そこで、今のところの僕の判断基準です。
『人の命に関わることのないもの』=相手の正しさに共感する。→相手は肯定感により喜ぶ&僕は相手の気持ちを理解できる=楽しい
『人の命に関わる可能性があるもの』=相手の正しさに共感した後、Iメッセージを伝える。→アウフヘーベンが起こればラッキー♪=楽しい
です。
19. Posted by shige   2011年01月19日 02:02
相手との違いを理解し受けれる視点で聴く、
とっても深いですね。

どうしても、受け入れることが「自分を否定」するように
感じてしまい、抵抗感がでてしまいます。

それでも、正しくより楽しくをキーワードに、
少しずつ自分の器を広げていけたらと思います。



20. Posted by Maygreen   2011年01月19日 06:06
人の話を「違いを理解し受け入れるために聴く」という視点で聴く

人間は人とのかかわりにによってのみ磨かれる。
その関わりを

「学びの場&成長の場 = 楽しい」 にするか
「自己正当化&現状維持 = 正しい」 にするか

ということかも♪ とみなさんのコメントから思いました。

野口さん 学友の皆様ありがとうございます。
21. Posted by リリィ♪   2011年01月19日 13:53
ありがとうございます〜
私は勿論、楽しさの方を選びます。
会話を通してのせっかくの学びの機会を
自身の殻で制限してしまうのは、
もったいないです。
自分フィルターはできる限り定期的に掃除し、
綺麗で透明に近い形にしておきたいですね〜
22. Posted by na7me7   2011年01月20日 10:52
「人は皆違う」という前提で、その違いの部分を裁くのではなく、
「違いを理解し受け入れるために聴く」という視点で聴く。

この視点を学んでから、
この2〜3日意識しながら過ごしてみました。
違いを感じた時も、理解しようとして聴くと
相手の真意は言葉のどこの部分にあるんだろう?って思い
やはり聞き方が変わるなぁ〜と改めて実感しました。

以前の私は何故、違いを恐れていたんだろう?
違っていたら
どこかHAPPYでいられない・・・と思っていたのでしょうね。

違っていても、尊重しあってHAPPYで
仲良くしようよ〜っと少しゆるくなってきた自分が
出てきたなって思うと嬉しく思います

皆さんとの出逢いのおかげです。
皆さんのコメントを読ませていただくと気づきが多いです。
今日もありがとうございます(^^♪
23. Posted by アーナンダ   2011年11月21日 11:35
変な人の書いたツイてる話
読みなおして見ました。

たのしいか?

基準
大事だな〜と
再確認しました。

自分らしさを伝えながら、
相手のお話を聞いていく
ヒントを
得ることが出来ました。
精進します。

いつもありがとうございます。
24. Posted by hide   2011年12月06日 07:12
こんにちは。

「どっちが正しいか?」という戦い!結構繰り広げてますね・・・。

どうしても自分の意見が否定されると、いかに自分が正しいかを伝える事で
頭がいっぱいになり、相手の真意を認識できずに終わっている事が多々あります。

よく考えたら「正しい」という判断基準は個人によって違うわけで、「そういった考えもあるんだ」
ぐらいの心の余裕を持って、聴きたいですね。

「どっちが楽しいか?」基準を試してみます。

ありがとうございました。
25. Posted by 偏屈   2013年03月18日 00:07
これを読む限り、
討論が好きで、楽しいけどストレスな自分は、そこから抜け出す事は無理そうですね。
周りから鬱陶しがられて直したいのに、
絶望的です。

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